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東京地方裁判所 昭和41年(ワ)2676号 判決 1969年9月29日

原告

小嵜誠司

外三名

代理人

小池通雄

塙悟

近藤忠孝

岡田啓資

小島成一

武田峯生

被告

日本航空株式会社

代理人

松崎正躬

竹内桃太郎

渡辺修

主文

壱、原告等四名が被告に対し雇傭契約上の権利を有することを確認する。

弐、被告は各原告に対し左記(壱)欄記載の金員及び昭和四拾参年拾壱月から原告小嵜が運航乗務員である航空士、同田村が同じく航空機関士、同藤田及び同丸山が同じく副操縦士として復職するに至るまで毎月弐拾五日限り左記(弐)欄記載の金員を支払え。

(単位円)

原告名

(壱)

(弐)

小嵜

八参弐弐四参五

壱八五九四弐

田村

七七四参壱〇五

壱六八四四〇

藤田

七八弐七〇〇〇

壱七八四〇五

丸山

八壱弐九七弐九

壱八七弐〇四

参、被告は各原告に対し左記(壱)(弐)欄中各原告の欄に記載した金員に対する当該最上欄記載の各日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

(左表(壱)(弐)省略)

四、原告その余の請求を棄却する。

五、訴訟費用は原告小嵜及び同申村と被告との間に生じた分につき被告の負担とし、原告藤申及び同丸山との間に生じた分につきそれぞれこれを拾分しその弐を原告藤田の、その壱を原告丸山の、その余を被告の負担とする。

六、本判決第弐項(壱)欄記載の請求は各原告につき金弐百五拾万円の限度で、同項(弐)記載の請求は全額、仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

第一雇傭契約の成立

第二雇傭契約上の権利

一解雇の意思表示の存在

二解雇の意思表示の動機(不当労働行為)

三本件争議行為に対する事実上の判断

(一)  一一月争議における争議行為の目的

(二)  一一月争議における争議行為の態様

(三)  一二月争議における争議行為の目的

(四)  一二月争議における争議行為の態様

(五)  争議行為により生じた支障

<以上省略>

四本件争議行為に関する法律上の判断

(一)  一一月争議における争議行為の目的

1 交渉事項

(1) 外人ジェット・クルー導入問題

会社の主張によれば、外人ジェット・クルー導入措置は覚書に違反しないが、そもそも違反の有無は覚書の解釈問題にすぎないからその解決は争議行為によるべきではないというにある。

思うに会社のとつた外人ジェット・クルー導入措置はいまだ外人クルーの限定変更訓練の段階にあつたが、この段階でも右措置は覚書に違反するか否か、また違反しないとしても、会社が更に進んで外人クルーをセーフテイ・キャプテンとして定期路線に乗務させたとき、この措置は覚書に違反するに至るか否かの問題が存するわけである。もし会社の措置が覚書に違反するとすれば、組合がこれに反対し争議行為に及ぶのは正当な行為といわなければならない。逆に会社の措置が覚書に違反しないとすれば、当時外人セーフテイ・キャプテンの導入に制限が存しなかつたこととなるので、組合が会社内に非組合員の乗務員が増大することを恐れてこれに制限を加えるべき旨の要求貫徹のための争議行為に及ぶのはこれまた正当な行為といわざるを得ない。いづれにしても会社の措置が覚書に違反するか否かの問題は一一月争議の適否に影響するものではない。

この問題につき会社と組合との意見の対立が覚書の解釈問題に帰着するとしても、これが争議行為に親しまない紛争ということはできない。労調法二六条は労働委員会という公の機関が関与して成立した調停の解釈如何を目的とする争議行為の開始時期を制限した規定にすぎず、この趣旨を労働協約一般に拡張することは相当でない。労働協約の解釈は、協約自身に何らかの定のない限り、争議権を含む実力を裏付けとする当事者双方の自主的な交渉にまず委ねられるべきものである。従つて覚書の解釈如何を前記争議行為の目的としたからとて、本件争議行為が正当性を失ない権利の濫用となるものではない。

(2) カイロ・カラチ間航空士乗組問題

会社の主張によれば、会社はカイロ・カラチ間航空士乗組廃止問題につき、会社の専決事項であるけれども、組合の意見を尊重しかつ尽くすべき手段を尽くして会社の立場の正当な所以を説明したにもかかわらず、組合は理由もなく会社提案を拒否し争議行為に及んだが、かかる争議行為は不当であり争議権の濫用にあたるというにある。

よつて判断するに、カイロ・カラチ間の運航に当り航空士を従前乗務させていたのにこれを廃止することは、それだけ航空士の職場を狭くするものであつて、その賃金収入等労働条件に影響を及ぼすものである。この件につき会社は必要な調査を行ない、組合にも理由を説明し乗組廃止を一年半も延期するなど必要な努力を尽くしたことは明らかである。しかしこれにもかかわらず、組合が航空士の職域の縮少、労働条件の低下をおそれ、乗組廃止という会社の一方的決定に反対するのも組合の使命上当然であつて、この問題を前記争議行為の目的としたからとて、乗務員編成が会社の専決事項であると否とを問わず、本件争議行為が目的において不当であり争議権の濫用となるものではない。

2 交渉態度

会社の主張によれば、労使双方が団体交渉において十分に論議をつくし双方の主張が完全に対立して解決の方法が途絶した段階において、争議権の行使が許容されるところ、組合は右各問題につき実質的論議を拒否し、このような段階に到達する前に争議行為に及んだから、本件争議行為は不当かつ争議権の濫用にあたるというにある。

右に関しては次のように判断する。

昭和三九年一一月一二日開催の団体交渉において会社と組合とは互に右二問題につきその見解を開陳したが一致点を見せ出なかつたのであり、しかも前示の事実(第二、三(一))によれば将来においても一致する見込ありとは即断できないのである。しかし、会社は当時外人プロペラ機機長をジェット機のセーフテイ・キャプテンとすべく訓練を開始した段階であつて、これらの者を営業路線に乗務させるまでには若干の期間が存し、この間に交渉を続行する時間的余裕があつたことは前示の事実から明らかである。

ところで組合が争議行為に及ぶには、少なくとも団体交渉において使用者と主張一致せず、自己の主張を貫徹するためにすることを必要とする。そして団体交渉において主張の不一致を発見したが交渉不十分なまま争議行為を実施すればその他の事情と相まつてその争議行為が正当性を欠き権利の濫用に該当するに至るべき場合もあり得るが、会社の主張するように、団体交渉で主張が対立し解決の方法が途絶したのでもないのに争議行為に及べば直ちにこれが正当性を失なう等の見解には賛同できない。

この二問題につき団体交渉は一回にすぎないとはいえ、前記(第二、三(一)3)のような段階において組合がこの問題を争議行為の目的としたからとて、当時の情況に照らしこれが直ちに正当性を失い権利の濫用となるものではない。

(二) 一二月争議における争議行為の目的

1 信義則違反の有無

会社の主張によれば、組合が昭和三九年賃上げ要求につき会社と一旦口頭で合意しながら、後にこれを撤回し新要求を提して争議行為に及んだことは信義則に反し不当であつて争議権の濫用に該当するというのである。

労使間で口頭にでもあれ一旦合意成立した以上、相手方はこれを信用し、合意を基礎として次の行為に及ぶのが通常であるから、後になつて組合が右合意を覆えし合意に即した労働協約書の作成を拒んだのは、労使間の信頼関係から見れば好ましくない行為に外ならない。

しかし労働組合法一四条は口頭だけの労働協約の効力を否定し書面化等の要件が加わつた労働協約にのみ効力を与える趣旨であるから、かかる効力発生前の口頭で締結されただけの労働協約につき当事者がこれを覆えしその書面化を拒む事態は同条の予想するところである。このように成文化以前の労働協約は、法的な拘束力を持たないのであるから、組合が後にこれを不十分とする態度を示したからとて、単にそれだけで争議行為を不当又は権利の濫用とならしめる程度に信義則に違反するとはいえない。

しかも、組合の大会で旧執行部ないし代議員会と異なる決議がなされたことは所詮これらの機関が一般組合員の意見を的確に把握していなかつたためであつて、この点で旧執行部や代議員会が責任を負うべきである。

ところで組合の執行部や代議員会が組合の最高決議機関である大会の決議に反して協約の締結その他の行為をすべきでないことも当然であつて、協約の締結は代議員会の専決的事項とは認められない。

従つて、新執行部の改選を経て組合が新しい賃上げ要求をしたことは、小嵜ら四名を含む組合の新執行部が一般組合員の意向に即して態度を変更したものという外なく、この態度変更は、従前の代議員会の決議に優先する大会の決議に基くものであるから、小嵜ら四名を含む組合執行部の行動は、この点に関する限り間然するところはないというべきである。

なお、旧執行部の妥結、代議員会の承認、大会のこれらを非とする決議、新執行部による新規要求など以上一連の組合としての行動は全体として、労使間の信頼関係にとつて好ましくない行動ではあるが、以上の組合の行動の推移についての責任は旧執行部や代議員が一般組合員に対して負うべき筋合であつて、会社がその推移の中で組合活動として間然するところのない活動をしてきた小嵜ら四名に対しその点の責任を追及することのできないことは明白である。

2 調停手続中の争議行為の不当性の有無

会社の主張によれば、組合が会社の調停手続進行中しかも調停案の提示を待つばかりの段階で公益事業につき争議行為に及んだのは、労調法にいう産業平和の維持および紛争の平和的自主的解決の精神に反し、かかる争議行為は不当であつて権利の濫用に該当するという。

まず、組合が争議行為を開始したのは、調停案を提示するばかりの段階であつたとの事実は認められない。そして労働委員会の調停手続中は労使双方ともできるだけ調停により平和的に紛争を解決すべく努力するのを至当とするけれども、このことは調停手続中に実施された争議行為を当然に違法と評価すベき事情となるものではない。すなわち労調法上調停手続中の争議行為を一般的に禁止する規定はなく同法二六条もそのように解すべきではない。むしろ、公益事業に関する事件についても、内閣総理大臣の緊急調整の決定があつたときに限り、一定期間争議行為が禁止されるに過ぎないことから見れば、法は単に調停手続中であることの故をもつて公益事業における争議行為を違法視するものでないことは明白である。従つてこの点に関する会社の主張も採るのを得ない。

(三) 一一月争議および一二月争議における争議行為の態様

1 会社主張の要旨は次のとおりである。

「本件争議行為は抜打ストであつて、会社に乗客対策を講じる時間的余裕を与えず、会社はもとより、一般公衆に多大の迷惑をかけもつて会社の信用を著しく失なわせ、また一旦実施した出発前の準備作業を無に帰せしめた。組合は当初からかかる損害を加える目的をもつて争議行為に及んだものである。しかも組合が争議行為実施に先立ち予告をしても、乗務員の特殊性上会社に対する関係で争議行為の実効性を減殺されることはないのであるから、組合がかかる抜打ストを行なう必要性は全くなかつた。従つて右争議行為は公益事業従業員として負担する公衆の損害回避義務に違反し態様においても不当であり権利の濫用に該当する。」

2 会社は右主張を裏付けるべく若干の事実を挙示するので以下これらの事実をも考慮しつつ右主張に対する判断を示す。

(1) 争議行為の予告義務

会社の営む航空運送事業は労調法にいう公益事業に該当し、その労働争議につき法律上種々の特則が設けられた所以は、公益事業の労働争議が利用者たる一般公衆の利益に重大な影響を及ぼすからに外ならない。かような見地からみれば、同法三七条において争議行為につき関係当事者が予じめ労働大臣等に通知することを要すとした趣旨は、専ら一般公衆に争議行為を予知せしめ争議行為から生ずる損害をその判断により避けしめる点にとどまるのである。従つて法は公衆保護のために労使相互間に争議行為の予告を法令をもつて義務づける必要を肯認していないといわざるを得ない。本件において組合から労働大臣等になした右通知の内容が概括的であつてこの通知内容を知つた者において対策をたてるのに困難を来すおそれの存することは容易に推認できるけれども、それは労調法三七条の運用の問題として検討さるべきものであつて、それ故に直ちに労使相互間に予告義務を設けることは相当でない。会社において所論のように航空事業の特殊性にかんがみ争議行為の予告を必要とするならば、組合と協議の上かつて存したような(前記第二、三(二)1(4)参照)争議予告を義務づける労働協約を締結すれば足りるのである。

会社に使用される乗務員の大多数は組合に加入しており又会社は労働協約上争議時には外人クルーを使用しない義務を負わされていることは前示(第二、三(二)1(1)(ハ))のとおりであるから、組合が争議行為として組合員の労務の提供を拒否すれば、会社は僅かの管理職乗務員(非組合員)を代替者として使用できるにとどまる。

従つて組合がスト実施に際し予告を行ない会社が代替者により運航を続行するのを容易ならしめたとしても、会社の使用しうる代替者は日ならずして払底し、結局組合の右ストによつて定期便の運航停止に至るべきものである。しかし予告をすると否とでストの実効性に差異を生ずるのは勿論であり、労使の乗務員労働力保有状態もまた流動的であるから、右の事実にもとづいて、直ちに争議行為の予告を義務づけるを得ない。

(2) 争議行為の通知義務

労使間の法律関係は争議行為開始と同時に重大な変更を受けるのであるから、組合が組合員をして争議行為として労務提供義務を履行させずにおきながら、使用者に対しこれが争議行為である旨を明らかにしないことは、労使間を支配する信義則に反するものである。それ故組合は争議行為実施の旨を使用者に通知する義務を負い、その時期はスト実施と同時と解すべきである。

(3) 争議行為の開始時点とこれに起因する支障

(イ) 争議行争開始時点、及び支障とその正当性

組合は法令又は労働協約に違反しない限度で争議行為の開始時点を定めることができるから、この開始時点が使用者にとつて都合わるく代替者の手配に困難を来す等の事情があるからといつて、たやすく右争議行為をもつて不当ないし権利の濫用にあたると即断はできない。そこで以下組合が争議行為を開始した時点と当該便について生じた支障との関係を検討することとする。

(ロ) 争議行為の開始時点

(ⅰ) 組合がストを開始した時点を乗務員の乗務管理課出頭定刻をしたものは七個便(一一月一三日八〇六便、六六便、一四日九五五便、一二月二一日五二便、二二日七〇三便、七三三便、四〇一便)存する。また右定刻一五分後であるものは一個便(一二月二二日八一〇便)存する。

組合は会社あて五二便と七三三便につきスト開始一〇分後にその旨を通知したほかは、開始と同時又はその一〇分前に通知した。

このうち八〇六便と七三三便とは欠航し、その他の便は三分ないし五〇分の遅延で出発した。

(ⅱ) 組合がストを開始した時点を、乗務員の出発前の準備作業終了後飛行場へ赴く途中としたものが八個便(一一月一二日八六二便、一三日七一五便、七三五便、八一六便、三二三便、一四日八〇八便、七三七便、六八便)存する。なお一二月二二日八一〇便がこれに該当するか否かは不明である。

乗務員は右作業を終えて飛行場に赴くまでの間会社の他の従業員と殆ど接触しないから、この時点においてストに入れば、会社が即時その事実を知ることは不可能である。そして組合は八六二便、七一五便(但し、航空士以外の乗務員について)八一六便につき即時、七一五便の航空士及びその他の便の乗務員につきスト開始一〇分ないし二八分後に、その旨を通知(但し七三五便については会社の照会に回答)したが、六八便の野村航空士について通知を欠いた、

右各便のうち六八便は出発時刻の四一分後に欠航が決定され、その他の便は一二分ないし三時間五九分遅れて出発した(八一六便の乗務員のストによる出発遅延時間は、スト通知の以前に会社が出発時刻を三〇分繰下げている関係上一八分にとどまる。)。

(ⅲ) 特殊な事例として或便に乗務すべき乗務員が他便に同乗して乗務開始地に赴くのに際し同乗便の出発三〇分ないし四〇分前にこれをストに入れその一〇分後にその旨通知し、同乗便に代替乗務員を同乗させる時間的余裕を与えずひいてその乗務員の乗務すべき便を欠船させたものが二個便(一二月二二日九〇一便、九〇二便)存する。

(ⅳ)  組合が出発時刻の三五分ないし一時間半前という切迫した時点でストを開始したこと自体は、乗務員の勤務割が複雑であること、乗客の多くが多忙な日程をもつて、接続便及び宿泊施設の予約を得て旅行する者であること等の航空運送事業の特殊性にかんがみ、会社の争議対策乗客対策にとつて不都合であることは勿論である。

(ハ) 支障

(ⅰ)  争議行為の対象となつた各便につき生じた支障中、会社が代替者の手配に追われたことは、それが出発直前であつたため困難を来したことは勿論といえ、ストに伴う通常の結果にすぎない。

(ⅱ) 右各便につき乗客に生じた支障中顕著なものは一一月一二日八六二便、一三日八〇六便、三二三便、一四日八〇八便、七三七便、六八便、一二月二二日九〇一便、九〇二便、七三三便であつて、うち八〇六便、六八便、九〇一便、九〇二便、七三三便は欠航し、その他の便は大幅に遅延して出発した。

(ⅲ) 右各便につき貨物及び郵便に生じた支障中顕著なものは、欠航となつた一一月一三日八〇六便(郵便を含む)、同月一四日六八便、一二月二二日七三三便であつた。

(ⅳ) こゝに注意すべきは国際線国内線とも会社は、航空機の遅延及び欠航につき何ら法的責任を負わない旨の運送約款にもとづき、顧客と運送契約を締結していることである。会社はこの約款をさしおき国際航空運送についてのある規則の統一に関する条約(昭和二八年八月一八日発効)一九条、二三条を援用し、国際線の延着につき会社が乗客らに損害賠償義務を負うかの如く主張するが、同条約二〇条は運送人に免責を得させる要件を規定しておりこれと右約款並びにこの延着の一因が争議行為にあることを考慮すれば、会社が延着につき損害賠償賠償義務を負うとは必ずしも断言できない。

(ⅴ) 運賃喪失に伴う会社の損害は、全面ストの場合と対比するとき、本件争議行為に伴う通常の損害と解さざるを得ない。

(ニ) 会社の争議対策特に乗客対策

(ⅰ) 組合は一一月争議、一二月争議ともに労調法三七条にもとづき、ストを含む一切の争議行為の全部又は一部を実施する旨の通知をして予告期間は満了しており、又いずれの場合も団体交渉において労使間に鋭い対立があつた上、争議行為の予告義務を定めた労働協約も失効していたのであるから、会社において組合がこのような態様のストを予告なしに実施すると予想することが全く不可能とはいえなかつたのである。

(ⅱ) 次の便について生じた支障は、ストに入つた時点が会社の争議対策上不都合であつたことを考えても、そのすべてを組合に帰することはできない。その事情は次のとおりである。

(A) 一一月一二日八六二便において、午後九時社長が運航統制者あてストの旨連絡をしたにもかゝわらず、担当者は同二〇分過に至り代替乗務員の手配を開始し、同四五分に至りようやく乗客に対しスト対策を講じ、本便の出発は約二時間遅延した。

(B) 一一月一三日八〇六便は代替乗務員により運航可能であつたが、当時七一五便の代替乗務員手配のため手がとられて、八〇六便の代替乗務員への手配が大幅に遅れ、結局同便は八一六便と同時刻頃に出発することになつてしまつたためと八〇六便(サンフランシスコ行)乗客の大部分を八一六便(ロスアンゼルス行)に移乗させ得るためとにより会社は八〇六便を欠航させた。

(C) 一一月一四日八〇八便において、会社は代替航空士高橋の出発前の準備作業完了後、非組合員たる同人温存のため大野航空士との交替を命じており、こゝで出発前の準備作業の反覆を要し出発遅延の一因ともなつた。

なお付言するに、本便において組合は当初宮川航空士をストに入れたところ、これと交替した高橋航空士が非組合員である関係上これにスト指令を出せない状態にあつたが、会社が組合員である大野航空士に高橋航空士との交替を命じたところ、組合はこれを知つて更に大野航空士をストに入れたのは、確かに念の入つたしかも会社を困惑させる措置であるが、会社が同人と交替して乗務させた者が前記高橋航空士であつてみれば、こゝに出発前の準備作業の完全な反覆は不要であり、結局この二重指名ストも会社の高橋航空士温存方策のため所期の効果を挙げ得なかつたとみられる。本便の出発遅延は三時間四四分に及ぶが、そのすべてを組合の責に帰せしめられないことは以上の説明から明らかである。

(D) 一二月二二日七三三便において、同便は代替乗務員による運航が可能であつたが、会社は後発の重要な便の代替者確保のため本便を欠航させた。

(ⅲ) 残余の一一月一三日三二三便、一四日七三七便、六八便、一二二月二日九〇一便、九〇二便について生じた支障を見ると、とくに当該便固有の拙劣な争議対策はみられない。しかし会社は一二月の争議において出頭定刻ストに入つた便につき、一一月争議の同様の便よりも、遅延することが少く出発させていることからみれば、一一月争議の対策は一二月争議のそれよりも劣つていたと推認でき、一一月争議につき生じた支障のすべてを組合に帰せしめられない。

(ホ) 正当性

結局組合が争議行為を開始した時点は飛行機の出発前一時間半以内であるが、以上説明のとおり当該便につき生じた支障のすべてを組合が争議行為開始時点を右のように定めたことのためにのみ生じたものとは断定できないので、その責のすべてを組合に帰し得ないし、右支障のうち組合の責に帰すべき部分を判定することも困難である。

以上各争議行為を全体として観察するとき組合が争議の開始時点を右の点に定めたことは争議対策上会社にとつて不都合であり、乗客に対する配慮の点において欠くる点なしとしないが、なお不当ないし権利濫用にあたる争議行為と断定するには至らないものというべきである。

(4) 出発前の準備作業を無駄にしたこと

出発前の準備作業完了後ストを実施した便において、乗務員が一旦遂行した右作業の結果が無駄になつたのであるが、陸上運送事業、製造事業等においても作業員の交代の都度ある程度の準備作業を要するから、準備作業自体航空運送事業特有のものではない。準備作業完了時にストを実施することにより代替乗務員が同一作業を反覆するのやむなきに至り前者の作業が無駄になつたからとて、右は乗務員の交替により通常生ずる損失にすぎず、これをもつて故意に不合格品を生産することと同視するのは相当ではない。

(5) 組合の加害意図

組合が指名ストを実施するに際し単なる労務不提供の外にことさらに会社業務を混乱させる意図をもつていたか否かを検討する。

(イ) 加害意図と正当性

まず乗務員の労務不提供は通常定期便の遅延又は欠航をもたらす可能性に富むから、これに伴う通常の支障を予見したからとて直ちに加害の意図ありと断定しその争議行為を不当ないし権利の濫用と即断することは、争議権の全面否定に通ずるものであつて、採るを得ない。

(ロ) 争議開始通知の方法と加害意図

組合は一一月争議において争議開始の通知を会社社長私宅にいる社長に電話をもつて行なつた。この措置は適法とはいえ奇異の感を免れないが、社長本人に通知したことと、近時における通信手段の整備状況にかんがみ、組合がかゝる措置をとつたからとて、ことさらに会社側に混乱をひき起させる意図をもつていたことは推認できない。

(ハ) 通知回答の遅延又は欠如と加害意図

組合はスト実施に当り、九個便について実施と同時又はそれ以前に通知し(一一月一二日八六二便、一三日七一五便の一部、八〇六便、八一六便、六六便、一四日九五五便、一二月二二日七〇三便、八一〇便、四〇一便)、なお七個便について一〇分ないし二八分遅れて通知し(一一月一三日七一五便の一部、三二三便、一四日〇八八便、六八便の一部、一二月二一日五二便、二二日九〇一便(九〇二便)、七三三便)、一個便について一〇分以内に通知し(一一月一四日七三七便、従つて本便は通知遅延とは断定できない。)、一個便について二五分後会社の問合わせに対しスト実施の旨を回答し(一一月一三日七三五便)、一個便について通知を欠いた(一一月一四日六八便の野村航空士につき)のである。

右通知回答の遅延欠如は少くとも八個便にわたり、その上飛行機の出発直前一時間半以内という貴重な時間帯にあたるので、その遅延の時間が一〇分ないし二八分ということは決して軽視できない事実である。ところで闘争委員会はスト通知を遅滞なく行なう旨決定していたし、現に九個便についてはそのとおり実行されているのであるから、右遅延がすべて組合の故意にもとづくと推認することは相当でない。

また、スト通知欠如は一個便のみにとどまることと、組合の闘争委員会においてスト実施通知は行なう旨決定した事実からみれば、スト通知の欠如を組合の故意にもとづくと断定するのは相当でない。同便が満席である等運航上の重要性を組合が知つていたとしても右結論を左右しない。

右通知遅延又は欠如の便のうち出発が著しく遅延し又は欠航のやむなきに至つたものは一一月一三日三二三便、一四日八〇八便、六八便、一二月二二日九〇一便(九〇二便)、七三三便であつて、乗客に及ぼした影響も少くなかつたが、これがすべて通知遅延の故であると断定できないことはさきに説明したとおりであるから、かゝる影響があつたからとて直ちに組合の害意を推認すべきではない。

(ニ) 争議行為開始時点等その態様と加害意図

組合は多くの便において乗務員の出発前の準備作業完了直後これをストに入れた。この措置はそれ以前のスト実施に比し会社及び乗客により多くの支障を与えるものであることは多言を要しない。

組合は一一月一四日八〇八便において宮川航空士の出発前の準備作業完了後同人をストに入れその第二次代替者たる大野航空士の右作業完了後同人をストに入れたり、各便ごとにストに入れる乗務員の職種、スト開始時刻、通知時刻を異ならせ、国際線のみのストを続けた後国内線にもストを実施する等変化に富んだスト戦術を採用した。この戦術により会社が奔命に疲れたことは前示の事実に徴しても明白である。

これらの事実からみると組合がことさらに会社を困惑させることをねらつた節も一応は否定できない。

しかし組合は

(ⅰ) 一一月一三日六六便において、印藤航空士の不幸に同情して池内航空士のストを解除し、

(ⅱ) 同月一四日九五五便において、会社の申入を尊重し、かつ、日韓両国の国際関係をも考慮してストを解除し、

(ⅲ) 同日七三七便において会社の申入を尊重し、中共向遺体塔載の有無を一応調査し、他便転載を確認の上ストを続行し、ストに入つた杉本航空士の代替者として大野航空士を、会社の申入をまたず、自発的に提供しもつて七三四便欠航の事態を防止したのである。

(ホ) 加害意図の有無

これらの諸事実を総合して考察すれば、争議行為全体を通じ組合が会社に対し争議行為に通常生じないような異常損害を加える意図をもつて争議行為を遂行したと認めることは困難である。

(6) 態様の正当性

以上説明のとおり争議行為の態様には組合が会社を奔命に疲れさせることをねらつた節もあるけれども、これを全体的にみれば、労働組合法七条一号の保護を失わせるほど不当の点も見当らず、又権利の濫用に該当すると判定すべき点も認められない。

(四) 結論

以上のとおり、本件争議行為の目的において格別不当ないし争議権の濫用と判断される筋合はなく、その態様中会社を奔命に疲れさせることをねらつたとみられる節もあるけれども、組合は結局労務の不提供以上の所為に及んでおらず、これを全体として目的及び態様を関連させて観察すれば、本件争議行為はなお労働組合法七条一号にいう正当性を失なわず争議権の濫用にあたらないと判断される。

(五) 解雇の意思表示の無効

本件懲戒解雇の意思表示の動機は四名が本件争議行為を企画指令実行させた事実に存することは争がなく、右争議行為が正当性を有し権利の濫用に該当しない以上、右意思表示はその正当な組合活動の故になされたもので、公の秩序に反する事項を目的としその効力を生じないから、四名はなお会社に対し雇傭契約上の権利を有する。

第三賃金債権<省略>

第四結論

以上説明のとおり四名の雇傭契約上の権利確認請求は全部理由があり、賃金及び遅延損害金請求は上来説示の限度で理由があり認容すべく、その余は失当として棄却すべきである。

よつて民事訴訟法第九二条を適用して主文第五項のように訴訟費用を負担せしめ、同法一九六条を濫用して主文第六項のように仮執行の宣言を付し、これ以外の部分に対する仮執行の申立は却下し(この却下部分には、四名と会社との間の当庁昭和四〇年(ヨ)第二一七四号地位保全仮処分申請事件につき当庁が昭和四一年二月二六日発した賃金仮払を命ずる等の仮処分決定にもとづき、四名が会社から昭和四〇年五月以降昭和四三年一〇月まで毎月二五日限り支払を受けべき金員に相当する金額を含む)、主文のとおり判決する。(大塚正夫 沖野威 大前和俊)

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